可もなく不可もなく

果てしなくネガティブならしい(仮)ですが前向きです。高卒、進路未定者の生活模様。

はじめてのときのように。

自分の輪郭や名前がわかってきた、思い出してきた、とてもいい、そうか、そうか、これだって感じ、なんで忘れてたんだろう、大事なもののはずなのにな、こういうこともあったのかも知れないはずなんだけどな、とにかく、純粋に暴力にひれ伏せない、喜びが感動があること、素晴らしいな。暴力と恐怖と不安の中で安心していたのは違うんだ。やめようとやめても切り離し方がわからなくて、なあなあになってたのは、きっと、忘れていただけだ。

 

うまれたまんま、はじめましてでいいんだ、無理しなくていいんだ、わたしはわたしでいいんだ、好きなようにいていいんだ、悪くないかもしれない、今日が最後でも明日が最後でも私が私であること、ふとした時に思い浮かぶ人やものがあれば、生きていけるじゃんか、うわあ、ずっと底なしひとりで一年くらいそっぽ向いてた気がする、そう、抱きしめるとは、名前を呼ぶとは、呼ばれるとは、自分は実態が伴った生命だという事実は、ひとりではわからないな。

 

何度も何度も殴って殴られてどうでもいいようにしてると、じぶんの実態が存在が分からなくなってきて、確かめようって必死になっても転けちゃって。

 

簡単なことじゃないか、シンプルなことじゃないか、辛いこと怖いこと苦しいをなぞってたらずっとひとりなんだ、

 

簡単なこと、シンプルにシンプルに、いま大事なものを大事にしたらいい。それだけだ、今、思い浮かぶ夜空がとても綺麗だ。

 

わたしは、自分に名前がちゃんとあることを久しぶりに認知して、じぶんの輪郭を、存在をちゃんと認識できていて、とても嬉しい、形がわかってきた、スマホを投げ捨てて外に出よう、始発にのって高校の頃の友人に会いに行こう、きっと今日もいい日なんだろう、わたしはわたしなんだろう、自分の名前をちゃんと認知できたから、きょうは純度100%のわたしで。

 

うまれたまんま外に出よう。そうしよう。ありがとう。愛というのはきっとこのようにずっと余韻のように、わたしの辿ってきた道にずっと響いていたんだ、静かに。

 

忘れることもあるけど、思い出したら、また、音は大きくなる、鼓動を刻むように、そうして生きていけるんだ、愛している。わたしはわたしとあなたを抱きしめて飛び出す。

 

 

過去に暴力反対。ばいばい。