可もなく不可もなく

果てしなくネガティブならしい(仮)ですが前向きです。高卒、進路未定者の生活模様。

白いキャンパスと黒い内側

パレットにウィザー&ニュートンの白、紫、青、緑、黄色、赤。黒の代わりにウルトラマリンブリー、ディオキサジンヴァイオレット、フタログリーンなど。

 

イーゼルにかけた白いキャンパスは鏡のように自分の心を映し出してくれる。また、どんなぶつかりかたをしても受け止めてくれる。

 

アタリをえがき影から色をつけていく。どろどろとした黒い内側の部分の膿が色を重ねていくごと表にでてくるようだ。

 

幼少期はよく絵を描く子だった。中学までは不定期でも数時間は絵と自分の内面と向き合っていた。ある時から恒常的に絵を書くのはやめてしまっているので久しぶりの筆の感触や絵の具の匂いはとても懐かしい気持ちになり脳の奥がずきずきいたむ。

 

深い海をキャンパスに描く、対照的な赤、少女、灯台。このキャンパスの絵は書き始めてから半年が経っている。完成形はみえているが色をどんどん重ねては深いところに潜り込んでしまう。この蒼は、見られたくない。

 

ねえ、いま、すごいわがままを言いたい。わたしは表むき大人なのに。踏み入れられたくない領域の中で苦しいなと思う更、壁をあくして作品に投影するこの行為は唯一、正しい。

 

白いキャンパスは夜の海に代わりわたしの息は灯台の元に沈む。色々ちょっと待っててね。

無題

何も出来ない一日だった。カップ麺の残骸、パンの中身がない袋、飲みかけのカプチーノ、洗っていないお皿、作業の途中で放置されているパソコン。外に出る用事以外はほぼ寝ていた。お風呂も入らずにずっとパジャマ。パジャマが私服。メイクも髪も整えないで。恥ずかしいと思うのに動けない。

 

きのうは夢の中で幽霊の少女が出てきてそれに気づいた友人とそれに気づかない自分で言い争っていた。起きた時は汗だくで肌にまとわりつく布が鬱陶しく皮膚を剥ぎたくなった。

 

愛ってなんだろうか。好きってなんだろうか。同情からの優しさはどうして気持ち悪いと思うのだろう。きのうは夢できょうが現実だとしたら。愛に満ちていた空間からひとりの空間に戻ると少しだけ春の風にさらわれたくなる。消えてもまたどこかで存在しているかもしれないのに。

 

僕の戦争がiTunes1位の世界線で、あの子を追いかけてばかりだったわたしが家に帰らないままいる放課後の夕日を思い出して泣きたくなった。聞けば聞くほど違和感や気持ち悪さが心地よくなる。環境だって慣れちゃえばそれらが薄れて馴染んでいくんだ。

 

なりたいものがあるだけでまだそれがなにか分からない。わたしにできることは、私にあってあの人に無いものは、あの子はいまなにを思っているんだろうか、私はなにをこんなにも気にしちゃってるんだろうか。タイピングをしていると忘れられる感情が静寂の中では引き出されて途端、騒音に変わるあれはどうして。つっかえつ言葉に気持ちがあるなら、言えない言葉に思いやりがあるなら、前提飛ばしてそんなことなんて1ミリもないとしたら。

 

部屋の換気をして夕食を作りたい。

 

 

どこまで頑張って生きたらいいのだろうか、良くなるのだろうか、良くならなかったらどうするのだろうか、そんなことばかりを夜は考えてしまう。安定剤が一番の救いになっていていいのだろうか。起きて自分に戻ったことを感じる瞬間が一番嫌いだ。助かることを考えるのではなく助けることを考えたいのは、自己犠牲を伴うのは葛藤からで、みんな葛藤から、自己愛からそういう何かが潜在的に自分を能動的にしているのだろうと思って自分や他者に不信を覚える時の自分がとても嫌いだ。安定剤を飲めば寝ることが唯一の解放なのを何かで代用したい。寝る前のことを覚えていたいんだ、でも、苦しいから今日もふと起きて安定剤を飲んでまたねる。

 

今日は楽しかったしお腹いっぱいになったし寂しいとかなしいとは思わなかった。日中、心は晴れていた。ひとりでそれをまた明日も寝る前の悪夢を忘れて楽しみたい。

聞けなかった音楽をリピートしている。歌詞をリピートしながら嬉しさを噛む。噛み砕いた自分の心の断片のあたたかさは幾らかの空白をつくり内側の容量を増やしてくれている。受けとめるクッションをいま私は心に備えているのだ。それだけで心があたたかくなる。この体温と同じくらいの体温をもちあわせた人の隣にいたい。温もりをかみしめたいのではなく、ぬくもりを共有したい。

果てない空が僕を見下ろして暗闇に吸い込んでいく。両手を広げて溶け込むこの空気は、この暗闇は、昼間のこころのあかを落としてくれる。やはり、人間は苦手だ。透明になりたい。透明になるこの瞬間がないと僕は生きていけない。孤独にも世界にも自分にも何にも接続しない時間が、バグった脳の電磁波を緩めてくれる。皮膚も呼吸も感覚もなくなって死んだようになるのは再生のプログラム。死んだように生きたって、生きたくて生きたって、生きたくなくて生きたって、とりあえず生きているんだから生きていこうよ。私がいるじゃんと私は私にいうし、あなたに言いたい。点と点で繋がってるよ。どこにいても。